無料?無償?
こんにちは!八重樫です。
ソフトバンクでは2、3月に「スーパーフライデー」を実施、吉野家での現象はちょっとしたニュースになりましたね。
対してドコモでは「ハピチャン」を実施中。
マックやローソンで商品が無料になるキャンペーンを行っています。
ちょっと時間が経ちましたが、近所の吉野家に並ぶ長蛇の列を見て思ったことが今日のトピックです。
「無料」と「無償」。
使い分けには諸説あるものの、このコラムでは以下のように定義します。
無料・・・あるサービスに対し取引の一方当事者に「直接的な」対価を支払わないこと
無償・・・「直接であると間接でるとを問わず」一切の対価を支払わないこと
さて、こう定義した場合、冒頭のキャンペーンは「無料ではあるが無償ではない」ということに気付くでしょうか。
例えば吉野家の牛丼。
確かに利用者は対価を払っていません。無料です。
では吉野家は牛丼代を赤字覚悟で負担している(=無償である)のでしょうか?
そんなことはありません。
この場合、ソフトバンクが「広告代」ということで、吉野家に牛丼の対価相当の金銭を支払っているのだと思われます。
様々な料金は、通常「原価+経費+利益」で構成されており、広告代は経費に含まれています。
ということは、吉野家への支払は、ソフトバンクに毎月払っている携帯の利用料金の中から間接的に支払われていると考えられるわけです。
ソフトバンクにとっては、吉野家食べたさで契約者が増えてくれれば牛丼代をもつことも構わない、ということですね。
こういったしくみ、実は色々なところで用いられています。
有名どころだとテレビ放送やユーチューブ。
NHKは無償ではない、というのは実感があるでしょう。
直接的に対価(受信料)を支払っていますから。
しかし、民放も無償ではない(=有償である)と言ったらどうでしょうか?
「電気代がかかるからそりゃそうだ」というハナシではありません。
民放のテレビ番組には必ず「スポンサー」がついています。
そのスポンサーが広告代をテレビ局に払って番組は作られているわけです。
では広告代は誰から徴収しているのか?
スポンサー会社の商品を買った消費者ですね。
つまり、消費者が間接的にテレビ番組の制作費を負担している、と言えるわけです。
皆さんNHKの受信料には敏感ですが、自分が(間接的に)払った制作費で作られている民放の番組についてはあまり気にしていないように思います。
NHKの受信料はテレビを置いてなければかかりませんが、民放の制作費はテレビがなくても徴収されているのにです。
もっともNHKへの批判は、受信料自体にではなくその徴収方法のえげつなさから来るものも大きいのでしょうが。
どうも人は、お金の回りについて一度ブラックボックスに入ったものには関心がなくなる傾向があるようです。
何が言いたいかというと、
「値引や無料の裏には差額分を回収できる根拠が存在する」ことを認識しておかなければならない
ということです。
根拠もないのに値引いたり無料にする事業者、
同様に値引や無料を求める消費者、
健全な経済活動をおくるためには、上記のような認識をしっかり持つことが大切です。
「牛丼一杯タダだ!ラッキー!」
いや、その牛丼代、違う人に前払いしてるだけですから!
※今回の内容は、極端に表現している部分もあり、あくまでも一個人の見解のひとつです。