『まことの花』
こんにちは!八重樫です。
本来であれば私から新年のご挨拶と宅建業免許更新のご案内をするべきなのですが、
前回コラムで部長がすでに投稿済みだったので別の話題を。
仕事がデキる男はコラムの投稿も早いですね!
今回は久しぶりに読んだ本の紹介です。
昨年末、とあることから『風姿花伝』に興味を持ちまして手に取りました。
(King能でピンとくる方は今度zoomで語り合いましょう)
さて、『風姿花伝』と聞いて学生時代歴史の勉強を頑張っていた人は覚えがあるかもしれません。
室町時代、申楽(現在の能楽の祖)を大成させた世阿弥が記したものです。
この書は江戸時代までは秘伝とされていて、一般の目に触れるようになったのは明治時代だったそうです。
能の神髄(さらに言えば「種明かし」)の要素を含むため、一座の人間や徳川家しか見ることができなかったみたいですね。
内容は、能(申楽)に関してのものなので、芸能関係者用の本かと思いきやビジネス、スポーツ、さらには子育てにもあてはまる普遍的な原理原則が記されています。
(私はそう捉えています)
中身についてはあまりに濃く、すべてをここで書くことはできないので、私が初めに興味を持った箇所についてのみ触れてみます。
風姿花伝第一『年来稽古条々』に、「時分の花」と「まことの花」という語が出てきます。
これは、簡単に言うと、
「どの段階でも、その段階だからこそ出せる輝きってのがあるけど、それは『時分の花』(そのとき限りの輝き)だから、
そこで『オレできるじゃん、すげーじゃん』って調子に乗ってたらいつの間にかその『花』は消え失せちゃうよ。
それは『まことの花』じゃないから稽古(研鑽)は続けなさいよ」
という感じです。
これは思いっきりビジネスにもあてはまると思います。
最初は未熟でも、物珍しさで取り立てられることってあるんですよね。
ただそれは、あくまでも珍しいからであって、実力ではない。
進歩がなければいつか飽きられてしまう。
だから慢心せず己を磨き続けなければ本物にはなれない、
というわけです。
ちなみに『まことの花』(本物)とはなんぞや?
というのも続きに書いているのですが、それはまた別の機会に。
(こう言って別の機会があった試しがありませんが)
これは方々で口にしていることなのですが、40代を迎えた私の最大のテーマは、「謙虚」です。
その根底には、仏教的な「諸行無常」の考えがあると感じています。
世阿弥の活躍した室町時代はまさに禅宗文化が広まった時代であり、それに影響を受けたであろう世阿弥の書に興味を持つのは自然なことかもしれません。
最後に、世阿弥は有名な「初心忘るべからず」を残した人でもあります。
その言葉は『花鏡』という書に記されています。
「謙虚」を掲げる私にとって、世阿弥はバイブルになりそうです。